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水曜日
2016年12月28日
ブログ「未来の家」

人のために・・・・常楽我浄、理想の姿

『常楽我浄』じょうらくがじょう、 という言葉をご存知ですか?

聞きなれない言葉だと思いますが、この 『常楽我浄』 が、私たちの理想とする姿で、

この四つを満たそうと絶えずがんばっているのが、

私たちの日常の姿を表わしているそうです。

 

お寺に行ってきました。

『常楽我浄』 という四つ言葉について書いてみます。

 

仏様 の四つの徳(四徳)で、

常住不変の 『常』、

安楽で苦を離れた 『楽』、

自在で障りとなるもののない 『我』、

迷いがなく無垢 (むく) 清浄である 『浄』。

 

転じて、極楽浄土にいるように何の心配もなく、のどかな生活。

 

この 『常楽我浄』 が、私たちの理想とする姿で、

この四つを満たそうと絶えずがんばっているのが

私たちの日常の姿ではないでしょうか。

 

ところがこれらは到底、満たされることはありません。

何故なら、私たち人間は、病気や怪我をし、誰しもが、いつかは老いて、

やがては死んでいく身だからです。

 

ですから心の願いである、『常楽我浄』 を実現させようとする限り、

わが身の現実と、そうではないことに矛盾して、

苦しみが絶えることは無いというのが仏様の教えです。

このような 『常楽我浄』 という智慧(ちえ)は、仏教の言葉では 『四顛倒(してんどう)』 というそうです。

『四顛倒(してんどう)』とは、

『四つの徳』に相反する見解ということだそうです。

 

ところが私たちは物心ついて以来、

知らず知らず 『常楽我浄』 を満たそうとして生きていますから、

自分の思いどおりにならないことに、しばしば遭遇することになります。

 

それというのも、

自分中心に、ものごとを考え行動しているためです。

 

自分を中心にものごとを見ると、

自分の身でさえ、生きるための道具のように考えてしまいます。

 

ですから老いてゆく身を嫌い、病いになる身を恨み、

やがては命終る身を恐れて生きるということになります。

仏様はそういう私たちに目覚めを促しているのです。

 

この機に、信心について、考えてみてはいかがでしょうか。

お正月、元旦には、信仰心のない方でも、

初詣に出かけ、神様、仏様に 

『今年も幸せな年となりますように』 と願掛けをされると思います。

 

この機に、信心について、考えてみてはいかがでしょうか。

 

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