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水曜日
2018年10月25日
ブログ「未来の家」

刀田山 鶴林寺 私の住む街、加古川の紹介です

加古川市加古川町北在家、

加古川市役所の南にある森の中に、刀田山 鶴林寺(かくりんじ)はあります。

 

 鶴林寺は、聖徳太子創建と伝えられ、播磨の法隆寺と呼ばれているお寺です。沙羅の樹の下で、お釈迦様が亡くなるとき、弟子たちや動物が集まり、嘆き悲しむ様子が、遠くから見ると、まるで鶴が群がるように見えたことから、「鶴林」

 

鶴林とは「涅槃(ねはん)」を意味します。涅槃の寺、それが「鶴林寺」です。

 

※涅槃とは、一切の煩悩(ぼんのう)から解脱(げだつ)した、不生不滅の高い境地のことで、お釈迦様や、聖者の死、入滅することを言います。

 

鶴林寺の仁王門と本堂

室町時代に建てられた仁王門をくぐると、その境内の広さに、街中にあることを忘れてしまいそうになります。

 

石畳が敷かれた境内の中央には、薬師堂と書かれた扁額のかかったお堂が建っています。国宝の本堂です。

 

応永4年1397年に再建された大仏様、禅宗様、和様の折衷様式の建築です。平安時代に造られたといわれる国の重要文化財、本尊薬師如来をはじめ日光菩薩月光菩薩持国天多聞天が祀られ60年に一度開帳される秘仏になっています。

 

鶴林寺の菩提樹と沙羅の樹

本堂の前両側には、菩提樹(ぼだいじゅ)沙羅の樹(さらのき)が植えられています。この樹の下で釈迦が悟りを開いたといわれのある菩提樹は、小さな黄色の花を咲かせ、境内を甘い香りで包みます。

 

沙羅は、お釈迦様がこの樹の脇で入滅されたことから、涅槃の樹とも呼ばれています。朝白い花を咲かせ夕方には散ることから儚いものの象徴となっています。

 

いずれも6月中旬に見頃を迎えます。

 

鶴林寺境内の太子堂と常行堂

本堂の東には国宝の『太子堂(たいしどう)』があります。宝珠が付いた檜皮葺(ひわだぶき)の勾配の緩やかな屋根の印象的なこのお堂は、釈迦如来を本尊とし天永3年1112年に建てられました。

 

現存する木造建築では兵庫県内最古のものです。

 

太子堂に向かい合っているのは重要文化財の『常行堂(じょうぎょうどう)』です。阿弥陀如来が祀られる日本最古の常行堂です。武士が袴を付けたような形の袴腰鐘楼(はかまごししょうろう)は、応永14年1407年に建てられ重要文化財の指定を受けています。

 

中の古い高麗鐘も重要文化財で、少し高い音階の黄鐘調(おうじきちょう)の調べが響きます。

 

鶴林寺の行者堂と護摩堂

神社の社のような重要文化財の『行者堂(ぎょうじゃどう)』には、修験道の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が祀られ、毎年3月の太子会式では『採灯大護摩』が盛大に焚かれます。

 

火渡り式では行者たちが、無病息災を願い、護摩木の上を勇壮に渡り大人や子どもが行者の後に続きます。

 

重要文化財の『護摩堂(ごまどう)』不動明王が祀られ、室町時代末期から桃山時代への過渡期の建築様式が見られます。

 

鶴林寺の新薬師堂

『新薬師堂(しんやくしどう)』は本堂の薬師如来が秘仏なので、直接拝めるようにと江戸時代、大阪の医師、津田三碩(つださんせき)が、大きな薬師三尊と十二神将を祀りました。

 

このほかに観音堂、三重塔など全部で16棟が建ち並びます。

 

鶴林寺は聖徳太子信仰の高まりとともに、鎌倉室町時代に最盛期を迎え、その規模は、広大な領地に三十数加持が建っていたと言われています。現在も国宝2棟、重要文化財18件を含め、200点余りの宝物を所有しています。

 

境内の周囲は鶴林寺公園として整備されています。休日には親子連れの憩いの場となっています。

 

加古川市の古刹(こさつ)鶴林寺、播磨の法隆寺鶴林寺を、ゆっくり訪れてみてください。

 

マップ(刀田山 鶴林寺)

この記事を書いた人
清水 浩治 シミズ コウジ
清水 浩治
◆ブログ「 未来の家」では、私の住む街「加古川」の魅力を紹介、不動産に関する豆知識や、トラブル解決など、情報発信を日々行っております。◆「家や土地の物件情報も大切です。しかし、もっと大切な情報があるはず!」と、私は、いつも考えています。◆加古川市で暮らしていただくうえで、大切な子育てや、お役立ち地域情報、不動産の取扱いについて知っていて欲しいことを最優先で発信しています。
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