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水曜日
2018年11月17日
ブログ「未来の家」

日岡神社、安産の神様 私の住む街、加古川の紹介です。

加古川市加古川町大野、そこに、日岡神社(ひおかじんじゃ)はあります。

 

加古川の東岸にある丘陵は古くから日岡(ひおか)と呼ばれ、奈良時代の播磨国風土記に、日岡の神のことが書かれています。

 

今日は、安産の神様日岡神社のご紹介です。

 

日岡神社は天平2年、730年に創建され、主祭神に、天伊佐々彦命(あめのいささひこのみこと) を祀っています。

 

日岡神社は、どうして安産の神様として信仰されるようになったのでしょうか?

隋神門(ずいしんもん) をくぐって境内に入ると外拝殿が目に留まります。

日岡山の緑の自然の中で、銅板葺の屋根に光が反射し鮮やかに映えます。

 

10代、崇神天皇のころ、

天皇の勢力を広げるために皇族を北陸、東海、西道、丹波に派遣しました。

西道には天伊佐々彦命(あめのいささひこのみこと)が派遣されたと言われ、

現在の山陽地方にあたります。

 

第12代、景行天皇の皇后

稲日大郎媛(いなびのおおいらつめ) は、最初の巫女が大変難産だったため、

天伊佐々彦命(あめのいささひこのみこと)は、

七日七晩ひたすら安産を祈願しました。

 

すると、皇后は美乃利の地で元気な双子の巫女を無事出産することが出来ました。

産まれた巫女は、大唯(おおうす)命小唯(おうす)命」です。

 

小碓命は後に各地の豪族を平定した古代の英雄、

倭建命(やまとたけるのみこと) と呼ばれました。

 

日岡神社は、安産の神様として信仰されるようになり、

播磨随一の大社となりました。

 

大鳥居神社 とも呼ばれていいる、居屋河原日岡神社(いやがわらひおかじんじゃ)です。

奥に続く本社の社殿は昭和46年に再建された権現造りの宮構えです。

境内には他に七つの社があります。

 

ひときわ大きな社は、 居屋河原日岡神社(いやがわらひおかじんじゃ) です。

大鳥居神社 とも呼ばれています。

 

昭和46年に、加古川町寺家町居屋河原にあった日岡神社の分社を移しました。

本社の奥には、 高御位神社(たかみくらじんじゃ) があります。

加古川市と高砂市の境界にある高御位山の高御位神社の分社です。

 

およそ1,300年前の万葉の時代から今日に至るまで、

ここ安産の神様、日岡神社には、 安産祈願はもとより、

お宮参り七五三にも多くの人がお参りします。

 

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