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水曜日
2018年11月18日
ブログ「未来の家」

日岡御陵 私の住む街、加古川の紹介です。

加古川市加古川町大野、そこに、日岡御陵(ひおかごりょう)があります。

 

日岡神社(ひおかじんじゃ)の東に広がる緑豊かは日岡山公園の中に、大きな前方後円墳があります。日岡御陵です。

 

日岡神社の境内から長い石畳の参道が続いています。

 

日岡御陵景行天皇(けいこうてんのう)の皇后稲日大郎姫(いなびのおおいらつめ)のお墓だといわれています。

 

景行天皇が愛した后、稲日大郎姫

景行天皇が、播磨の国を訪れたとき、

伊那毘能若郎女(いなびのわかいらつめ)という美しい娘がいることを知りました。

 

景行天皇は、熱烈に結婚を申し込みますが、娘は恥ずかしがって、

加古川河口付近の小島に隠れてしまいます。

 

加古の松原で娘を探していると、娘の飼っていた犬が、海に向かって吠えました。

それを見た景行天皇は、船で小島に渡り、ようやく娘と結婚することができました。

その後、愛した、稲日大郎姫が亡くなります。

その後、愛した皇后、稲日大郎姫が亡くなり、

景行天皇は故郷の日岡山へ葬ろうと、加古川を渡っていました。

その時、大きなつむじ風が吹いて、亡骸を乗せた船が転覆してします。

 

川からは、首から肩にかける飾りの布の褶(ひれ)と、

髪や櫛などを入れる箱、匣(くしげ)だけが見つかりました。

これらの品々を葬ったので、この墓は褶墓(ひれはか)とも呼ばれています。

稲日大郎姫への、さらなる思いと愛を寄せた日岡御陵

墓は、4世紀ころのものとされて、

南西に全長86メートルの前方後円の形をし、周りには玉垣が廻らされています。

 

日岡御陵は、播磨の国風土記や日本書紀に、

景行天皇の皇后の墓と記されているため、宮内庁が陵墓として管理しています。

 

愛する后(きさき)を亡くした悲しみと、

后へのさらなる思いを、ここ日岡御陵によせた景行天皇。

 

神話伝説が残る日岡御陵を、一度訪れてみてください。

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