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水曜日
2019年01月17日
ブログ「未来の家」

阪神淡路大震災から24年 1.17希望の灯は、失われた命と残された命をつないで、あの日の出来事を静かに語りかけているようです

神戸市中央区の東遊園地で、追悼のつどいが行われました。

6434人の命を奪った阪神淡路大震災から、今日で24年

絆や結といった文字が刻まれた竹灯籠には、ロウソクが浮かべられ、希望の灯から分けられた火が灯されました。

そして、午前5時46分、黙祷

 

当時、私は、神戸市須磨区の営業所に勤務していました。瓦礫が散乱していて、トラックやダンプカーが行き交う道路を、ミニバイクで走りながら、避難所にお客様を探しに行ったことを記憶しています。

 

はるかのひまわり 命の大切さを伝える

加藤はるかさん、当時11歳

全壊した自宅の下敷きになり命を亡くしました。その年の夏、亡くなった自宅跡地に、ひまわりの花が咲き、「はるかのひまわり」と名付けられて、その種は、各地に広がり、天皇陛下にも贈られました。

天皇陛下は、今も大切に育てられています。そして、昨日、平成最後の歌会始めの儀で、その『ひまわり』を歌に詠まれました

天皇陛下は、24年前のことを忘れずにいてくださり、震災犠牲者や残された遺族に、今もなお、寄り添ってくださっていて、命の大切さを伝えてくださっていると、実感いたしました。

 

全ては「阪神淡路大震災」から変わって行きました

戦後まもなく、気象庁が震度7という基準をもうけましたが、平成を振り返ってみると、震度7を超える地震は立て続けに起こりました。

阪神大震災新潟の中越地震東日本大震災熊本地震(2回)北海道胆振東部地震、そして約3万という尊い命を失いました。

地震が起こる度に、防災体制の見直しが行われてきました。

平成8年(1996年)に、官邸危機管理センターが設置され、24時間体制で召集されるようになりました。

そして、自衛隊の被災地への自主派遣体制が機能するようになり、救出への初動が早くなりました。当時は、「住民の自力で、なんとかしろ」というのが大原則でした。

また、阪神淡路大震災以降には、災害に対してのいろんな法律が出来上がり、大きく変わったのが、SNSの発信ツールによる「緊急地震速報」です。

阪神淡路大震災の犠牲者の約8割が窒息や圧死だったと言われています。『緊急地震速報』は、1秒でも早く、慌てず、まず身の安全を確保することが大事だということで、始まったものです。

 

限界を乗りこえる原動力は、阪神淡路大震災での教訓、「絆」です

しかし、いろいろなことが、見直され、進歩していますが、まだまだ限界があり、その限界をどう乗りこえるのか。

その原動力が「絆」です。それは、阪神淡路大震災が教訓となっています。

阪神淡路大震災で救助された77%の方々は、家族や近隣住民により救出されています。いかに地域との繋がりが大事なのかということが、この教訓です。

そして、その教訓が、活かされて作られたのが、「自主防災組織」です。自主防災組織がたくさんでき、地域の絆が固く結ばれるよう、震災の記憶を後世に伝えていきたいと思っています。

 

この記事を書いた人
清水 浩治 シミズ コウジ
清水 浩治
◆ブログ「 未来の家」では、私の住む街「加古川」の魅力を紹介、不動産に関する豆知識や、トラブル解決など、情報発信を日々行っております。◆「家や土地の物件情報も大切です。しかし、もっと大切な情報があるはず!」と、私は、いつも考えています。◆加古川市で暮らしていただくうえで、大切な子育てや、お役立ち地域情報、不動産の取扱いについて知っていて欲しいことを最優先で発信しています。
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