お盆の由来と花火大会、お墓参りのマナー 知ってるようで知らないこと
お盆は、日本の伝統行事のひとつです。
子どもの頃から、親戚で集まってお墓参りをしたり、法事をしたりしているので、当り前の習慣として感じている人も少なくないと思います。
そしてお盆の前後は、一年の中でもお墓に触れる機会が増え時期だと思います。
夏季行事として生活の一部になっているお盆ですが、何故、お盆にお墓参りに行くのでしょう?
また、この時期に多く開催されるのが花火大会です。
そこで今日は、「お盆の由来と花火大会、お墓参りのマナー 知ってるようで知らないこと」について書いてみたいと思います。
筆、新築一戸建て購入応援「仲介手数料・無料・0円・ゼロ・サービス」の加古川の不動産売買専門会社、未来家(みらいえ)不動産株式会社、代表、清水 浩治
【rewrite】2021.08.12 【Original posting】2022.08.13
お盆の由来!正式名称は盂蘭盆会(うらぼんえ)
「お盆」の正式名称は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といいます。
聞きなれない言葉かもしれませんが「盂蘭盆」は、インドのサンスクリット語の「ウラバンナ」からきた言葉で「逆さ吊り」という意味を持っています。
これには仏教の「ある教え」に由来しています。
<お盆の由来>
お釈迦様の弟子のひとりに、神通力の持ち主である目連尊者(もくれんそんじゃ)という人がいました。
目連尊者はその力で、自分の亡き母親が飢鬼道(がきどう)に落ちて苦しんでいるのを見つけます。
常に飢えと渇きに苦しみ、逆さ吊りにされている姿を不憫に思い、目連尊者はお釈迦様に「どうしたら母を救えるか」と相談します。
お釈迦様は「夏の修行が終わった7月15日に僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことができるでしょう」と言われました。
目連尊者がその教えのままに実践したところ、その功徳によって母親は極楽往生が遂げられたのです。
さらにお釈迦様は、「7月15日に色々な飲食を盆にもって、大勢の人たちに供養すれば、その功徳によってご先祖様が苦しみから救われ、今生きている人も幸福を得ることができます」と言います。
このことから、精霊を供養する「盂蘭盆会」という行事が生まれたと言われています。
ちなみに、令和4年(2021年)のお盆は、8月13日(土)から8月15日(月)です。
旧暦では、7月13日(水)から7月15日(金)でした。
花火はご先祖様の「迎え火・送り火」
夏の風物詩の一つに花火があります。
家族で手持ち花火を楽しんだり、花火大会を見に行ったりする人も少なくないでしょう。今年は3年ぶりに開催される花火大会が多いですね。
花火に関する歴史は諸説ありますが、
本格的に花火大会として始まったのは、
8代将軍「徳川吉宗」の頃、1733年とされています。
当時は「両国の川開き」と言われており、
5月28日から8月28日までの期間には頻繁に花火を打ち上げていたようです。
そして、1978年からは「隅田川花火大会」と名前を改め、今なお多くの人々に親しまれています。
元来、花火は慰霊や疫病退散が目的の行事だったとされています。
お盆は、ご先祖様があの世から自宅に戻ってくるので、迷わずに自宅に帰れるように玄関先などで焚くのが「迎え火」で、お盆の初日に焚きます。
そして、最終日にご先祖様をお見送りするために、同じ場所で炊くのが「送り火」です。
家庭で送り火を焚くだけでなく、
地域のイベントとして盛大に送り火を焚くこともあり有名なのが京都の大文字焼です。これも元々は送り火としてご先祖様の霊を見送るものです。
きゅうりの「精霊馬」となすの「精霊牛」
日本には、お盆の時期になると、ご先祖様の霊が家に戻ってくるときに行き来する乗り物として「なす」と「きゅうり」に割り箸などを刺して馬と牛を作る慣習があります。
そして、作られた馬と牛は、一般的にお盆に準備する精霊棚(盆棚)にお供えします。
きゅうりは足の速い馬をイメージして作られ
「精霊馬(しょうりょううま)」と言います。
なすは歩きの遅い牛をイメージして作られ
「精霊牛(しょうりょううし)」と言います。
精霊牛と精霊馬を置く意味は地域によって異なりますが、
ご先祖様の霊が戻って来られるときには「きゅうりの馬」に乗って一刻も早く帰って来てもらい少しでも長くこの世にいてもらいたい、帰るときには「なすの牛」に乗って景色を楽しみながらゆっくりと帰ってもらいたい、という願いが込められている地域や
ゆっくりとご先祖様をお迎えするために「精霊牛」を、帰りは迷わずに帰っていただくために「精霊馬」を置いいている地域もあります。
このように、同じ形でも、地域の慣習や宗派、家のしきたりによって精霊馬と精霊牛の意味が違いがあるのです。
お墓参りの基本的な流れ(マナー)
お墓参りの基本的な流れは、
1.寺院墓地であれば本堂にお参りをします
菩提寺・霊園に到着したら最初に手を洗い清め、寺院墓地であれば本堂にお参りをした後にお墓に向かいます。
寺院墓地の敷地内に永代供養墓や共同墓などの合祀墓があれば、そちらもお参りします。
2.隣のお墓にお参りをします
ご先祖様のお墓の隣によそのお家のお墓がある場合は、お隣のお墓にお参りをします。
3.ご先祖様のお墓に合掌してご挨拶をします
4.ご先祖様のお墓の掃除をします
周辺の雑草や枯れ葉などを取り除き墓石の汚れを落とします。お墓の汚れがひどかったり苔が生えている場合は、水を掛けてスポンジや柔らかい布などで優しく取ります
墓石周りにある水鉢や花立なども洗い、最後に水気を拭き取ります
※お隣の植栽がはみ出していても植栽の所有権はお隣にありますので、勝手には切らず寺院に相談してください
5.お供え物を置く
生花は、新しい水を入れた花立に茎の長さを揃えて供えます
お供え物は半紙を敷き、その上にご先祖様が好きだったお菓子やお花、季節の果物を供えます
6.お線香を供え合掌する
お線香に火をつけたら、ご先祖様と縁が深い人から線香を供え合掌します
その際、数珠があれば手にかけ墓石の前にしゃがんで拝みます
7.後片付けをしてから帰る
カラスやねずみなどに荒らされて汚さないように、お供えした果物やお菓子などは持ち帰りましょう
なお、お墓の周辺を掃除の際に出たごみも持参した袋に入れて持ち帰ります
新暦はいつから? 旧暦と新暦のずれ
旧暦から新暦への移動したことにより
旧暦の「明治5年12月3日」が、新暦の「明治6年1月1日」になりました。
このため、新暦では約1か月季節が早くなってしまい、桃の節句に桃が咲かなかったり、七夕は梅雨の最中になり織姫と彦星はなかなか会えないなど、季節にずれが生じるようになったのです。
ですから、ひと月遅れの旧暦の日付で計画される行事は少なくありません。
現在私たちが使っている暦(新暦)は「太陽暦(グレゴリオ暦)」です。
「太陽歴」は、太陽の動きをもとにつくられた暦で1年は正確には365日ではないため、うるう年を入れて調整がされています。
太陽暦を採用することで定められたのが、
◆1年を365日とし、それを12月に分けて4年ごとにうるう年をおくこと
◆1日を24時間とすること
◆旧暦の明治5年12月3日を新暦の明治6年1月1日とすること
それ以前の旧暦は月の満ち欠けで1ヶ月を定める「太陰太陽暦」を使用していました。
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